ホストルームのPCたち

ホストルームに流れ着いたPCたちを少しづつ

紹介していきます。


Apple

あこがれはかなり前からありました。しかし当時は高かった。だって100万越すんだもん。

初めて買ったのは会社に入って初めての冬。いきなり2年ローンで買いました。

AppleIIJもどきです。もうやめちゃって北海道にいった会社の先輩からいただきました。ちゃんとFDもうごし、ゲームもいくつか動くのを確認してます。

LC475です。入手経路は分けあって話せませんが、なかなかいいやつです。

MacIIcxです。私がかった初めてのMacはPB100なんですが、当時横浜に生息していた悪魔がささやきおまけとしてやってきたのがcxでした。このcxは当時のものではありませんが、懐かしかったので人にはいえないルートでゲット。

MacIIviです。秋葉でひろってきました。買ったのではなくまじで拾いました。エレパのまわりで「持っていって下さい。」ってかかれてました。まだ動かしてません。

MacintoshCentris650です。ゆにっこさんとこからゲット。CPUはないのでパーツとりようですね。

PowerBook100これも入手経路は明かせません。初めて買ったMacがこいつと同じものだったのです。初めて買ったPB100はどこいったか?たしかお金にこまって先輩のうちひ引き取ってもらいました。


シャープ

私が初めてほしい!っておもったパソコンはMZ2000というパソコンでした。そのまえからマイコンってのはさわったりもしてたのですが、ふと書店で見かけたベーシックマガジンの表紙をめくると今までにない斬新なデザインのマシンが目に入ってきました。それがMZ2000だったのです。MZ80Bはみたことも、お店でさわったこともありました。そうそのまえのMZ80Kもありました。しかしMZ2000は違ったのです。なんといったらいいのか、「こいつだ!!」って直感ですね。

MZ2000

はっきりいって惚れてます。いままでで一番好きなマシンです。買った当時は毎日毎日抱いて寝てました。意識がなくなるまでプログラムしてそのまま抱きかかえて朝を迎えるってのが当たり前になるほどに一緒に時を過ごしました。真夏に何日も電源入れっぱなしで寡黙になっちゃったときは自転車で厚木のサービスステーションまで運んで修理してもらったなんてことも今となっては楽しい思い出です。財政的に16bitカードまではつけてませんが、GRAMボード+GRAM8kbyte×2セットかってありますので8色フルカラーの出力ができます。しかもメインメモリは標準で大容量64Kbyteですからプログラムを書きすぎちゃって実行できないなんてへなちょこにはあいませんでした。ちゃんとプリンタI/Fもかって差したのでプリントアウトもできます。しかもFDD  I/Fも購入そしてFDDも購入真した。OSはF-DOS,S-BASIC,S-ColorBASIC,DiskColorBASIC,HuBASIC2.0,CP/M,S-OSなどなどたぶん一番遊んでる時間のながかったマシンだと思います。そうそうLOGOとかもこいつで学びました。あ、そういえばこのころはプログラムつくっちゃ投稿してボツにされてました。

ちなみにパソコン通信はこいつに通信カードとセットでかった300ボーの手動モデムで始めました。まだカタカナかローマ字での通信のころの話です。Telestarとかが元気いっぱいの頃でした。

mz2521

これが私がかった2代目のパソコンです。なにがいいっていままで一生懸命高速化してきたMZ2000のプログラムたちがなんと何の苦労もなしで1.5倍の速度で動いちゃうってのがすごかったです。そのほかにも、MZ2000ではハドソンから買っていたHuBASICと互換性のあるm25BASICが最初からついてきて、しかも3.5FDDが二つもある!グラフィックも8色フルカラーから4096色中16色というおいおいそんなにいっぱいあって何に使うんだ!ってつっこみたくなるほどにぎやかになりました。サウンドも標準でFM音源がのってくれて、もう低周波発信音の周波数いじって疑似音階つくったりかさねて和音をつくろうなんて苦労しなくてもちゃんと音がでる環境がおまけで付いてきたのです。そりゃもう衝撃でした。MZ2000ではみんな後からバイトしたりして貯めたお金でちょこちょこかっていった各種拡張I/Fがなんとすべて標準でついている!!これはもう

買うしかないでしょう!!!ってことでゲットです。結局かってからもアセンブラはMZ2000でやってたりしちゃうんですけどね。(笑)

こいつで忘れちゃいけないことが一つ。

mz2521は我がSilverMoonの初代ホストです。高校を卒業してから高校からの腐れ縁のすな氏と連絡がとりにくくなったということもあり「じゃーパソコンにする電させる?」ってコンセプトで動き出したのがことの始まりです。そうmz2521は電話も制御できちゃう優れものだったのです。電磁メカデッキというカセットもついていましたし、オプションで音声合成ボードもありましたので、これまたオプションのモデムホンをかえば高価な留守番電話を買わなくても同じことができるのです。たしかに当時は留守番電話は高かったです。しかしモデムホンなどもやはりおいそれとはいける値段ではなく、どうしようと考えてるうちに御世話になっていたBBSの管理者のかたから「俺が作ったホストプログラムmz2500シリーズ用だからうごくよ。どう?」とかいうあまい言葉に誘われてまずはFDDのみからスタート、そして中古のHDDを購入してHDDにシステムをうつし、細々と始めました。

左が当時使っていた24ドット熱転写プリンタです。こいつはよく働いてくれました。CG印刷したりレポート書いたりといろいろなものを印刷しました。

右が当時でバックの時につかってたドットインパクトプリンタです。生意気にも漢字もだせるどっとプリンタで主にリスト打ち出しにつかってました。ホストプログラムをSilverMoon用にカスタマイズ(というよりプログラム変更がかなりありました。)する作業のために専門学校の旅行のときにリストを打ち出してバスのなかででバックしてたのを今でも覚えています。

確か家の妹が高校いきはじめたころに「ワープロぐらいできなきゃね。」ってことで買ったやつだと思います。ほぼつかわれないまま未だに使われてません。

捨てるっていうから引き取ったものたち。

PC3200というシャープのパソコンです。シャープは当時mzシリーズとPCシリーズがあり作ってる事業部が違いました。後にCZシリーズをつくるテレビ事業部もまた別の部署なのですが、mzシリーズとPCシリーズをmzシリーズとして一本化する直前に作られたマシンがこれです。一本化してからはmz3500,mz5500、mz6500が後継機に当たります。

もともとmzシリーズだったmz80kシリーズは

mz80k->mz80kc->mz1200->mz700->mz1500

mz80B->mz2000->mz2200->mz2521->mz2531という形で進化していきました。

mz2800シリーズはNECのPC9801シリーズで使用されていたMS−DOS3.3互換機とシャープのワープロ書院の機能を融合させたちょっとかわったやつでした。なぜかmz2521モードってのがありCPUを8086とZ80の二つつむってわざでそれを可能にしているのでした。

X1c

X1touboと電磁メカデッキ

シャープのドットインパクトプリンタ達

左のは136桁の漢字プリンタみぎ上はmzシリーズの新しいドットインパクトプリンタ、右下が型番が80系列のドットインパクトプリンタ。

コンポタイプのmz2000として売り出したmz2200です。

ちょっと不思議なmz2800

X1を世に送り出したシャープのテレビ事業部がつくったマニア製造マシンとして名高いX68シリーズです。

左から初代X68000,X68000ACE、X68000Super,X68000XVIです。

mz2521で始めたパソコン通信のホストですが、途中HDDとらぶるなどにより壊滅てきなダメージをうけマシンをX68000に変更しホストプログラムもNetCockに変えました。最初につかったのがSuperで、その後を任されたのがXVIです。

こいつを使ってる頃がもしかしたら私のプログラマとしての絶頂期だったかもしれません。GCCでものつくったり、TeX使ってレポート書いたり結構パソコンライフを楽しんでいました。


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